工作室の日常|JIAマガジン2020.6寄稿「私を誘い導くもの 円筒分水」

皆さんは「円筒分水」という施設をご存知でしょうか。ある時たまたま私の住む宮城県にも円筒分水(疣岩分水工)があることを知り、近くを通りかかったついでに軽い気持ちで訪れたのですが、田植え前の圧倒的な水量とその水音、そして何より合理的でありながら地形に寄り添うような姿に一瞬で心惹かれてしまいました。そしてその後、行く先々で円筒分水を訪れるようになりました。そんな中で出会ったのが、東山円筒分水槽(富山県魚津市、片貝川水系)です。東山円筒分水槽は地形の関係から越流の落差が他の円筒分水と比べて特に大きく、富山の豊富な雪解け水の恩恵もありまるで美しい滝の様で、言葉を失ってしまいました。
円筒分水とは、集落間の水争いの元ともなってしまう農業用水の分配において、その正確性、公平性を実現するための土木工作物です。何故このような施設が必要になったのかというと、実は単純に水路を複数に分けただけでは、水路の壁の摩擦を受けた流速分布の偏りや下流の水位の影響(多く水を使って水位が下がった側に多く水が流れてしまう)などの影響で、公平な分水が困難なのでした。そこでその欠点を補う(下流の水位の影響や流速の偏りを排除する)ために考えられたのが円筒分水です。その基本構造は、垂直に立てた円筒状の設備の中心からサイフォンの原理を利用して用水を沸きださせ円筒外周部から流れ出るようになっており、外周部に円グラフの要領で仕切りを設けることで、視覚的な分配割合通りに分水されるようになっています。
「集落間の分水比の取り決め」というルールを流体力学上合理的な形で解決しつつ視覚的に明らかな形で明示している=ダイアグラム的でありながら、水を流すという性質上地形に寄り添ったかたちをとっていて、そしてその姿が美しい。建築と水利施設、求められる役割は違いますが、私は円筒分水に見られるある種の実直さとバランスに惹かれ、目指しているように思います。

写真左:疣岩分水工
写真右:東山円筒分水槽
撮影:齊藤彰